DISCOGRAPHY

Innermost feelings

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何ひとつ、手が届かない場所にあった。
それが、あたしの“日常”だった。

狭いアパートの一室には、昨日の酒の匂いがまだ残っている。
飲みかけの缶ビール、灰皿の底に焦げつく吸い殻。
シャワーも浴びずに寝入ったまま、冴えた空気が肌に張り付く未明。
あたしはひとり、寝覚めの煙草に火をつけた。

仕事には行っている。……まあ、行かないと酒と煙草が尽きるから。
それだけの理由。
この世界とあたしをつなぐものなんて、もう何ひとつ残っていなかった。

寂れたボロ屋の壁は、黙っていれば何も言わない。
誰かみたいに、くだらない正しさを突きつけてくることもない。
そんな静けさが、あたしには一番心地よかった。

携帯が震えた。
通知画面に浮かぶ“榎本あかね”の名前を見て、一瞬だけ思考が止まる。

あかね。
……あたしが唯一、“知っている人間”の名前。

特別な間柄ってわけじゃなかった。
気づけば随分と長く、ただ、なんとなく関わってきただけ。
それでも、あたしの荒んだ毎日に、
彼女だけは、ほんの僅かに“色”を残していた。

そんな、どこか淡く不確かな
“非日常”との境界に、
彼女はいつも立っていた。
――その手を、あたしが引き寄せるまでは。

あの夜のことを思い返すたび、息が詰まる。
酔っていた。確かに、それは事実だった。
でも……本当に、それだけだったのか?

身を裂くような衝動。
触れた指先に絶えず走る残響。
肌に残る微かな香り。
あかねが目を逸らしながら、声を押し殺した、あの一瞬。

その記憶は、どこか虚ろで、
あたしが触れたもの、その手を伝った熱が
何だったのかも、もう確かめようがなかった。

ただひとつ、
あたしの中の何かが、深いところから、静かに崩れ落ちていった。

「……ホント、気持ち悪い」

自分で吐いたその言葉が、あまりにも的確で、
思わず笑いそうになるほど、惨めだった。

あかねの驚いた顔だけが、
どこまでも鮮明に脳裏に焼きついていた。

タバコの火が指に落ちて、鈍く痛む。
でも、それすらありがたかった。
あたしがまだ“生きてる”って、僅かにでも実感できるから。
今のあたしには、そんなものしか残っていない。

ベッドの横に座り込み、スマホであかねのSNSを開く。
笑っている顔。綺麗な指先。
仕事のこと。趣味のこと。
たくさんの人たちに囲まれた日々。

全部、あたしには関係のない場所。
あかねは光の中にいて、
あたしは底の底、腐りかけた水の中で息をしてる。

「……それでも、また会いたいなんて思ってるあたり、あたし本当にどうかしてる」

これは恋なんかじゃない。
執着。依存。そして――ほんの少しの、希望。

唯一、あたしを知ってくれている“誰か”。

優しくしないでほしい。
関わらないでほしい。
でも、あたしを見捨てないでほしい。

その矛盾だけで、心が裂けそうだった。

未来?
そんなもの、あたしにあると思っていない。
砂上に立ったまま、足元から静かに崩れ落ちて、
やがて人知れず、沈んでいくだけだ。

innermost feelings
――心の一番底で、
誰にも見せられない感情が、
じわじわと膨らみ、やがて腐り落ちる。

それでも。
それでも――

「もう一度、あかねに触れたい」

光の差す方角をぼんやりと見つめながら、
何かを祈るみたいに、
そっとベランダの窓を開けた。

冷たい風が、熱を持った頬を優しく冷ます。

心の熱がどんなに失われても、
今、目の前にいる彼女が、あたしのすべてだから。

空はまだ暗い。
でも、星がひとつ、確かに、静かに、そこにあった。

Notice this feeling…

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長い夜が、静かに終わりを告げていた。
深く青く連なる夜空が、ほんのりと茜に染まりはじめる。
冷たい風と、静かに響く波の声。
連なって歩く二人だけが無言のまま、
私は由希奈の背を追っていた。

彼女の足取りはどこか儚げで、
二人の歩幅も、体温も、何もかもが微妙にずれていた。
それが、今の私たちの距離だった。

言葉が喉の奥に引っかかって出てこない。
なにかを伝えたかった。
でも、伝えるにはあまりにも果てしない距離。

形のない、透明な詩が胸の奥で脈打つ。
ただそれだけが、静かにあふれ出して
熱を帯びていった。

あの夜――
由希奈の手が、私の手を引いた。
酔っていたのか、それとも……。

そんなことはもう、どうでもよかった。
たった一瞬だった。でも私は、もう戻れなくなっていた。
もっと強く、この手を引いて欲しいと願ってしまった。

「どうして、そんな顔をするの……」
また一つ、透明な詩がこぼれ落ちる。

彼女は、まるで自分のことを“汚れている”とでも思っているようだった。

けれど、私は違う。

たとえ誰が彼女を否定したって、
私は彼女のすべてを、知りたいと思ってしまった。
変わり果てた想いの、その影に潜んだ
本当の色を見てみたいと願ってしまったのだ。

由希奈の歩みは早い。
私がどれだけ想っても、きっと彼女には届かない。
それでも、私は手を伸ばす。

無意識のまま、指先が彼女の手に触れた。
彼女は、振り向かなかった。
だけど、逃げもしなかった。

その事実だけで、私は救われた気がした。

深く沈んでいたはずの星が、
昇る朝日に照らされて、静かに空へと帰っていくようだった。

その背に届かないとわかっていても、
どんなに醜い感情がその身を苛んでも、
それでも、私は彼女のそばにいたいと思った。

“綺麗な正しさ”なんて、もう必要ない。
あの人を愛してしまったこの感情が、
どれだけいびつでも、
私はもう、目を逸らせない。

「お願い、心を閉じないで」
胸の奥に溜め込んできた想いがあふれ出す。
私はもう、それを塞き止める術を知らなかった。

あなたの頬を伝ってこぼれ落ちる嘆きの、
その一粒一粒が
どれだけあなたの心を捉えて闇に包んだとしても――

「それでも、私はあなたが好き」

届かないとしても、
伝わらないとしても、
私は、ここにいる。

誰よりも繊細で、脆くて、
それでも、そんな彼女を誰よりも愛している。

空が青く澄んでいく。
夜の帳はとうに消えて、
それでも、星は確かにそこにあった。

見えなくなっても、たしかに息づいている光。
その事実を、私は信じたいと思った。

星が見えなくなっても、それでも、私は信じていたい。
それならきっと、前に進んでもいい。

私はもう、立ち止まらない。
“Notice this feeling…”

どうか、この想いに気づいて。
私は、あなたのすべてを愛しているから。

To the fool caught in a dream

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夜も更け、流れゆく喧騒の中に、初夏の熱を感じ始める。
何も変わらない日々に身を投じていたはずの、
私の小さな世界は――あの夜を境に、ゆっくりと形を変えていった。

それは、ごくありふれた職場の飲み会だった。
気の利いた後輩の段取りで、こぢんまりとしたバーの半個室に、
同じフロアの仲間が集まっていた。
ささやかな宴は早々に終わり、一人、また一人と席を立つ。
気づけば私と、彼女だけが残されていた。

「......少し、一緒に歩こうか…?」

酔っていた。確かに、そうだった。
けれど、そんな誘いを受ける頃には、ずいぶんと酔いも冷めていたように思う。

繁華街を抜けた先、街灯が星空に滲む。
夜風と共にふと感じた、彼女の色。
綺麗な水彩のような、優しい青。

いつもとは違う駅までの、ほんの少しの寄り道。
私は、手を振る彼女の袖口ばかりを目で追っていた。

「こっち…」

不意に、手を取られた。
されるがままに引き寄せられた。
抱きしめられた訳ではない。
ただ、二人の距離がゼロになった。

私は…死んだように動けなかった。

「ごめん、今のは……酔ってた。変なことした」

彼女は、すぐに離れてから、笑ってそう言った。

揺れる笑顔、
わずかに吹き抜ける風、
ただ、過ぎ去る時の刹那。

けれど、
その瞬間は私にとっての永遠となった。

***

彼女は既婚者だ。
名前を呼ぶときは、心の中であっても常に「さん」を着けてしまうくらいには、
私は彼女を遠くに置いている。置かざるを得ない。

そのくせ、毎朝チャットに通知が来るだけで鼓動が跳ねる。
ポップアップにその名前が表示されるだけで、深呼吸をしないと返信もままならない。

私は知っている。彼女に取ってあの夜の出来事は“誤ち”でしかない。
ほんの気まぐれ、少しの寂しさ、些細な衝動。
たまたま、その場に私がいただけだ。

頭では理解しているつもりだった。
それでも、私はあの手の温もりを忘れることができなかった。

忘れたくない。
忘れたくなんて、なかった。

***

「最近、元気ないね」

打ち合わせの帰り、エレベーターに二人きり。
彼女はふと言った。
柔らかな声だった。
罪の意識のない、そんな人の声。
悪意のない優しさが、心の奥に残酷に響いた。

私は笑った。鏡を見なくても、きっと不自然な笑顔だったとわかる。

「大丈夫ですよ。有難う御座います。」
「……そう」

ただそれだけのやり取りが、
胸のうちの深淵に降り積もっていく。
言葉にできない、そんな想いが徐々に形を成してゆくのが怖かった。

「あなたのことが好きなんです」
そんなこと、言えるわけがない。

「あなたに幸せでいて欲しいです」
それも嘘だ。

彼女の薬指には、手入れの行き届いた指輪があった。
その指に触れた自分を、
綺麗なものを汚してしまう自分を
時々、殺したくなる。

でも、あの時、私を求めてくれたのは、
きっと、あなただったのに…

吊るされた人形のように、
不格好に立ち尽くすことしかできなかった。

***

夜になると、あの時のことを思い出す。
夢見心地な浮遊感。
いや、夢以上に現実味が感じられなかった。

私だけを見てくれた、あの一瞬。

あれが夢だったのなら、どうしてまだ手に感覚が残っているのだろう。
どうしてこの胸のざわつきは治ることを知らないのだろう。

今日もまた、あなたに言えない祈りを抱えて目を瞑る。

どうか、あなたの幸せな人生が壊れませんように。

どうか、その手が、また私を選びませんように。

どうか、私がこれ以上、あなたを愛し続けることがありませんように。

でも。

それでも。

「どうして、私のことだけを見てくれないの?」

心の奥底で、醜く叫ぶ自分がいる。

甘く囁く、愛おしい言葉に飲まれて、
緩やかに心は朽ちていく。
決定的な“何かが”、静かに崩れ落ちた。

それでも、彼女に触れた夜の星空は、
どこまでも美しく、私の世界を彩り続ける。
時の流れだけが無情なほどにゆっくりと過ぎていく。

報われてはいけないこの感情を、
終わらせて欲しいと願うのにーー

私はきっと夢の中であなたを呼び続ける。

あなたが本当の私を見つけてくれる。
ただ一人、あなただけを見つめている。
そんな泡沫の夢に包まれながら。

夜空に星二つ

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音のない空に、ふたつの星が浮かんでいる。

澄んだ歌が、冷たい静寂の上に降り注ぐ。

鋭く、激しく、ときに情熱的に――
それは、どんな言葉よりも確かな絆だった。

二人の声が交差するたび、
世界は少しずつ輪郭を変えていく。

すべてを塗り替えるハーモニーが、
空気のように自然に広がり、
やがて、境界はそっと溶けて消える。

ときどき、彼女たちの視線が自然と交わるのを見る。
歌を介して通じ会う何かが、心を震わせる。

それは、友情とも親しさとも違う、
きっともっと深い、名前のないもの。

この心を綺麗なもので満たしてくれるような、
そんな光輝く世界だった。

ライブは熱を帯びながら加速していき、
ステージに轟音が満ちる。
爆音すらも従えて、ふたりの世界は揺るがない。

その歌は、ガラスのように透き通り、
轟くように天をつく。

重なり、反響し、
光が音になって空間を満たしていく。

ふたりの声は、夜の海を裂いて昇る星。
ひとつ、またひとつ、空を焦がしていく。

僕はただ、それを見上げながら、
無心にギターをかき鳴らす。

その声が、歌が、
二人だけの世界が――

胸の内を静かに、蒼く、燃え上がらせていく。

夜空に浮かぶ、ふたつの星。
誰よりも強く、誰よりも激しく、
互いを照らし合う光。

そのまばゆい輝きが、
空っぽだった器に光を注ぎ、
もっと綺麗な世界へと導いてくれる。

秒針が止まらないように。
その熱が、絶えず胸を打つ。

この夜空に、星は二つ。

それ以上も、それ以下も、
――必要なかった。

メリーゴーランド

※YouTube未公開
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「どこか、誰にも見つからない場所に行きたい」

そんな一言に、私は頷くしかなかった。
理由なんていらなかった。ただ、サキがそう言ったから。

季節はもう初夏。
制服の袖口から吹き込む風が、少しだけぬるい。
西陽が差し込む街を抜けて、私たちは並んで歩いた。

目指したのは、昔あった遊園地の跡地だった。
何年も前に閉園して、もう誰も来ない場所。
さびた柵を越えて、敷地の中に足を踏み入れると、
草の匂いと、どこかに残っていた梔子の甘い香りが混じっていた。

「まだ、あるんだ……」

サキがぽつりとつぶやく。
かつてのシンボルだったメリーゴーランドが、
色あせたまま静かにそこに立っていた。

二人で乗り込んだ、遠い昔の記憶。
私たちは、無言でそのまわりを歩いた。
まるで、思い出の中に迷い込んでしまったみたいに。

「私ね、たぶん、ずっと忘れられないと思う」

そう言って、サキは空を見上げた。
白昼夢のような空に、昼星が淡く光っていた。

「何を?」

問いかけながらも、本当はもう分かっていた。
心の隙間に生まれた、二人を繋ぐ感情のことーー

「ユイのこと」

サキは意を決したように告げた。
私の名前が、夏の風に溶けていく。
それだけで、心のどこかが熱を持った。

言葉にならない想い。
絡まる指先と視線。
触れてしまえば壊れてしまいそうで、
私たちはずっと立ち尽くすことしかできなかった。

「ねえ、梔子の花ってさ、夏の初めに咲いて、すぐに落ちちゃうんだって」

サキは重ねるように言った。
甘い香りが漂ってくる。
それは、恋の香りにも、別れの予感にも思えた。

「もし……あと少しだけ時間があったら、どうしてたと思う?」

「分かんないよ。たぶん、何もできないままだったと思う」

私は、うそをついた。
本当は言いたかった。「離れたくない」って。
この想いを捨て去ることなんてできやしないって。

風が強くなってきた。
サキの髪が揺れて、目を覆った。

私は、そっと手を伸ばしてその前髪を払う。
触れた指先が、ふるえていた。

そのまま、サキの手を握る。

「お願いだから、忘れないで。私がここにいたこと」

サキは笑った。
まるで、何かを諦めるような、優しい顔で。

「大丈夫。ユイがいたこと、きっと一生忘れないから」

泣くつもりなんてなかった。
でも、どうしようもなく溢れてきた。

“さよなら、愛しい人“
心のなかで、そっとつぶやいた。

錆びついたメリーゴーランドは動かない。
でも、あの瞬間だけは、確かに回っていた。

遠ざかるサキの背中を、私は一歩も動けずに見送った。

――梔子の香りが、風に乗って遠ざかる。

私はそっと目を閉じた。
そして静かに願った。

淡く咲く、梔子の花に、
優しい夢と甘い口づけをーー

堕ち行くこの想いに
綺麗なさよならを、

夢のような光景のなかで、
そっとひとり、日が暮れるまで泣いた。

あの子の声は夏空に消えていった…

Stardust Coleus

小説本文(準備中)

透明な羽根

小説本文(準備中)

※現在は仮歌としてボーカロイド音源を公開しています。
バンド音源は鋭意制作中です。